上映日時●5月25日(土)19:05●6月2日(日)14:50

【ストーリー&解説】
メイベル、ライアム、アーロンの3人は台湾南部の山深くにある小さな町で生まれ、クスノキとモクレンの木々に囲まれた、のどかな田園風景の中で育った。しかし何百年ものあいだ、何も変わらないようなこの常夏の楽園でも、時は着実に過ぎゆく。時は1980年代、社会革命が広がる直前の台湾では、戒厳令下でまだ戦いが続いていた。3人も運動に身を投じる。校内の壁にスローガンを大書し、扇動的な詩をのせた学校新聞を発行し、朝礼で抗議運動を企てる。やがてのんびりした田舎の暮らしを離れ、きらめく都会に出ると、台北の大学生となった3人は三月学運に参加し、自由と民主主義を訴えるデモを行うなど、以前にも増して理想のために激しく戦うようになる。そんな中、ライアムの長いあいだ隠していた秘密が暴かれ…。
「Orzボーイズ」のヤン・ヤージャ監督の4年ぶりの新作。「花蓮の夏」のジョセフ・チャン、「モンガに散る」のリディアン・ボーン、「藍色夏恋」のグイ・ルンメイら台湾の人気俳優が集結し、20年以上にわたる3人の手さぐりの愛の物語を、激動の台湾社会を背景に描いた感動のドラマ。第14回台北電影奨ではジョセフ・チャンが主演男優賞を、第49回金馬獎ではグイ・ルンメイが最優秀主演女優賞を獲得。

【キーワード1:1987年7月15日】
台湾人にとって1987年7月15日は忘れられない意味を持つ。それは長きにわたる戒厳令が廃止され、この日を境に台湾の新たな時代が始まった分岐点だからだ。1949年、中国共産党の攻勢におされた中国国民党政府は台湾に逃れ、双方ともに長期戦態勢に入った。台湾での支配力を強化するため国民党政府が発布した戒厳令は、その後38年続いた。戒厳体制下では、反対政党の結成禁止、出版物の検閲、デモ行進や集会の禁止、公共の場における政治的発言の規制の他にも、政府は音楽芸術表現にも検閲を行い、すべての知識と思想は厳しい監視下におかれた。それでも、社会政治的背景の変化にともなって、自由と民主主義に対する人々の熱い思いが高まり、圧力鍋の中の蒸気のように、そのたまりにたまったエネルギーで戒厳令を吹っ飛ばしたのである。戒厳令が解除された直後の数年は、台湾社会40年の歴史の中でも最も劇的な変化にもまれた年だった。台湾史上最大の学生運動となった1990年の三月学運を含め、一年の内で千以上のデモが行われた。怒涛のような変化の波は刺激的だが、同時に進められた社会変革とともに、台湾社会が一時期、混乱と無秩序に陥ったのは当然のことかもしれない。戒厳令の廃止によって民主主義と自由が訪れたが、それは多種多様な意見が抑制なしに飛び交うメディア時代の幕開けでもあった。今でも台湾人は混乱と矛盾に満ちた様々な世論の中でもがき苦しんでいる。台湾の自由と民主主義への道のりはそのまま、抑圧された10代、大人としての爆発的な行動、そして喪失を知った成熟期という道を歩むメイベル、ライアム、アーロン3人のぎこちない、手さぐりの愛の物語と重なる。

【キーワード2:モクレン】
台湾でよく見かける光景、花売りの老人。ほとんどは女性だが、忙しげに行き交う車のあいだを走り回り、信号で車が止まると運転手たちにモクレンを売る。モクレンは、古くは中国の宮廷で、高貴な女性が香料として使うために植えられていたと言われる花だが、皮肉なことに台湾に渡ってきてからは、その町、そこに住む普通の庶民を象徴するものになり果ててしまった。初めの頃、モクレンはその独特の香りから、女の人が服の襟にさす天然の香料として使われていた。またタイの民間伝統で神への供え物としてランを捧げるように、モクレンも神に捧げるものとして、寺や家庭で使われていた(今でもそういう使われ方をすることがある)。台湾庶民の日常に溶け込んだモクレンの花は、子供時代、母親の愛情や家庭のイメージにつながり、人々にとって情緒的な価値を持つようになった。台湾人の思い出と郷愁を誘う香りだ。今日の台湾では、花売りの多くは社会の底辺に属していることから、モクレンを買うという行為は思いやりとあわれみの表明という意味合いに変わってきた。モクレンの香りがかき立てる家庭や故郷への思いもまた、社会的、経済的な格差を思い起こさせるきっかけとなってしまうのが現状だ。こういった因果関係は、思春期から大人へ、田舎から都会へという変化の中で、何かを得、何かを失うという映画の主人公たちの経験とだぶるところがあると思う。

【監督プロフィール:Ya-Che YANG】
監督・脚本のヤン・ヤージャはTV業界出身の期待の新人監督。1971年生まれ、淡江大学のマス・コミュニケーション学科卒。大学在学中に様々な分野で働き、その経験がのちに脚本を書くときのアイディアとなった。広告代理店でコピーライター、アニメーション制作会社でライターを経て、現在はドキュメンタリーシリーズ、舞台劇、短編映画、テレビドラマ、劇場映画など、各種媒体で活躍。台湾公共電視で脚本・演出を担当した作品は、"Squatter’s Heaven"(2002)、"The Story of a Detective"(2005)、"Lonely Game"(2007)、"A Lullaby Against Love"(2008)など。実写にアニメをおり込んだ長編デビュー作品「Orzボーイズ!」は、台湾映画では珍しい、2人の少年の視点から友情を描いたファンタジー。世代を越えた観客のあいだで評判が広まり、3600万台湾ドルの興行収入をあげる大ヒットとなった。2008年、台北映画祭で最優秀監督賞受賞。過去10年でNHKが初めて買った台湾映画でもある。

【監督の言葉】
この作品のテーマは「家族」だ。現在、台湾は中国語を母国語とする国の中で、最も自由な国のひとつであると胸を張って言える。だがここに至るまでには長く辛い戦いがあった。史上最長の戒厳体制(37年間)が解除されると、台湾社会は待ちに待った自由を手に入れようとやっきになった。それまで台湾人は、いわゆる「原住民」(台湾で生まれた者)と「本土人」(中国大陸から移り住んできた者)のあいだで政府から住み分けを強制されていて、どちらの側とも交わることができなかった。今の異性愛社会と同性愛社会にも同じようなことが言えるのではないか。台湾では、同性愛といえばだいたい一段劣る文化という見方か、メディアの野次馬的なニュースの中にしか存在しない――映画でも一般的にそういう描かれ方だ。過去に助演賞以外で同性愛役の俳優が受賞するというめったにない機会があったときでも、セクシュアリティの描き方はステレオタイプの域を出るものでは決してなく、異性愛社会と胸を割った会話を始めるチャンスはほぼ皆無に等しかった。本作品は、台湾の30年間という時の中で起きた大きな社会的変化と並行して語られる。作品の核になるのは、ゲイとストレート、主人公3人の友情の移り変わり。伝えたいことは、誰が誰よりなどということはなく、誰もみな平等に人を愛する権利がある、自由の国では、家族なしで生きなければならない人など一人もあってはならない、ということ。
高校最後の学年になったとき、主人公3人――女の子と男の子2人の、子供時代からの友情が崩れ始める。3人の仲はいったんバラバラになり、そして何年も経ってよりを戻す。中年にさしかかり、同じ自分たちのルーツと生涯続く友情の真の価値にやっと気がついたのだ。絆を取り戻した3人は、マイケル・カニンガムの人気の本『この世の果ての家』の主人公のように、ある種の家族のような関係を築く。フィクションの世界を離れた現実ではしかし、台湾では未だに同性結婚は許されておらず、同性愛者が養子を育てることも禁じられている。ここ10年間で台湾社会は徐々に成熟してきた。かつての政治的な傷は大方ふさがり、台湾人は「内側」を見つめ始めた。「原住民」と「本土人」のふたつのグループは互いに歩み寄り、手を取り合って進み始めた。今も根強い偏見はある。だからゆっくりと、一歩づつ、互いを理解しあえる道を求めて歩いている。私はこの映画で、同性愛社会についても同じような対話が始まればと願っている。何故なら同性愛者は――あなたがたが理解できないと首をかしげる人たち、家族を持つ権利を剥奪されている人たちは、あなたがたの友人であり、家族でもあるからだ。台湾では何世紀にもわたる権利と文化を巡る対立を乗り越えてやっと、この島を「家」と呼ぶ様々なコミュニティが互いに結束し、互いを同じ国民として見ることができるようになった。それと同じように、今、台湾人は家族についての新しい概念に対して心を開きつつある。どんな形であろうが、同性愛者も異性愛者も関係なく、理解すべき大切なことはただひとつ。愛があるところに、家族がある。